伝統的な保存食、山羊のチーズ「カシュケ」

遊牧民は、ふだんの食事では肉は食べない。羊や山羊は大切な財産、自分の財産を食いつぶすようなことはしない。
再生可能な食材の山羊のミルクで作ったヨーグルト、バター、チーズ (カシュケ)を栄養源として食す。 すべて自家製の安心食材。何年か前、カシュガイの男性が、町での暮らしの利点は生活の便利さであり、 欠点は病気をするようになることだと言っていた話を思い出した。サラハットの緑の原野をのんびりと羊を見 守りながら歩き、体に必要なだけの食をとる生活は究極の健康生活だ。
カシュガイ女性の朝一番の仕事は、乳の張った山羊か羊を選び出しては、ミルクを搾ることだ。このミ ルクを火にかけて沸かし、殺菌してから大半をヨーグルトやチーズの加工に回す。台所用テントの一角で、 キリムやジャジムの古いもので大鍋を覆い、温めて醗酵させている。
その様子は決して清潔とはいえないが、善玉菌だと思えば気にもならない。遊牧民と一緒に過ごしてみ ると、我々の生活では必要以上に清潔を求め、それゆえに、ウイルスや菌に耐性がなくなるのだと納得が いく。腸内のさまざまな菌と共生して、免疫力の高い健康体で生活しているのが、カシュガイの人々だと思う。
カメラを持って羊の間をウロウロしているとき、「おーい、カシュケを作るぞ」と声がかかった。
キャンプ地では、屋外に台所用の腰高の台が設えてあり、それが調理台だ。野を歩く人、クーチロー の生活では、家財道具は全てたためて持ち運びしやすいものばかり。その調理台にフレッシュチーズが運 ばれてきた。何日ぐらい醗酵させたものなのか知るよしもない。言葉が通じないことがこんなときは不便だ。
アルミ製容器に入っている粘土のようなチーズの味見をしてみた。「おっ、しょっぱい!」。同時に山羊臭 が口の中に広がった。私はこの山羊臭が苦手なのだが、山羊のチーズ好きの人には、このフレッシュ感は 最高だと思う。ここにカシュガイ女性たちは、抹茶色の粉末を混ぜた。それは、カモミールを乾燥させて作っ た粉末だ。春3月に一斉に咲くカモミールは、日本で見るものと違い、背丈は10cmほどで白い花を咲かせる。 これを茎ごと摘み取って天日干ししたものを粉末にし、お茶にして飲んだり、「ドゥー」と呼ぶドリンクヨーグ ルトに混ぜて飲んだりする。胃腸の働きが良くなるのだと教えてくれた。
この家族は乾燥カモミールの粉末を混ぜ込んでカシュケを作るが、チーズに何を混ぜるかはそれぞれの 家によって違う。すべて目分量で混ぜ合わせ、白玉団子を作る要領で丸めて、数日間天日干しにする。乾 燥してカチカチになれば完成というわけだ。
塩味が強く持ち運びに便利な保存食のカシュケは、そのまま食べることはなく、煮込み料理に入れて旨 味とコク出しに使う。
カシュガイ伝統料理に羊肉とトマトの煮込みがあるが、肉はラードを使ってしっかりと炒め、出た旨味成 分の煮汁は捨ててしまう。そして、炒めた肉にトマトを合わせ煮込んでいくが、この時に砕いた乾燥カシュ ケを入れて味を調えていく。
カシュケは、母親の味を思い出させる故郷の味に違いない。

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