村一番の結婚式。カシュガイ族の春の一日

私が初めてカシュガイの結婚式を取材したのは2003年の3月、カシュガイ遊牧民の居住地の中心都市フィルザバードの西、アハマッド・アヴァデ村であった。太鼓とラッパで伝統のカシュガイ音楽を演奏し、祝いの場を盛り上げていた。
その村の住民は遊牧の移動生活を捨て、定住生活をしている人々。ザクロスの地下水を汲み上げて灌漑が施された農地で、小麦や大豆を中心に生計を立てて暮らしている村である。
新郎は村の有力者の家に生まれた28歳の青年、新婦は同じ村出身の弱冠18歳。この村ではカシュガイ遊牧民伝統の黒テントを住居にしている人はいないが、結婚式の日には、ブロックで建てられた定住の住居脇にこの黒テントが張られ、伝統的生活様式が再現されていた。
注目すべきは、テントの中にギャッベの織り機がわざわざ置かれて、花嫁の家族が誇らしげにギャッベを織る姿を披露していたことだ。
嫁入りの時に女性が自分で織り上げた2〜3枚のギャッベを持参する伝統は、今も脈々と生き続けている。カシュガイ女性にとってギャッベは花嫁道具であり、新生活をスタートするうえで特別な意味を持つ存在。
新しい生活に持参するギャッベには、「家族の幸せ、経済的な安定、健康、そして部族のアイデンティティー」が文様として織り込まれている。ギャッベの文様の原点は「家族の幸せを願う」――その想いにたどり着く。
時代がいかに変化しようと、女性に宿る母性の願いは変わることはない。
2009年にもカザルーンの周辺の村で盛大な結婚式を撮影する機会を得た。喜びの叫び、ケルザダンといわれるヨーデルのような「ウルルルルルー」という声が、フェルシマダン族の女性たちから湧き上がる。美男の花婿と美しい花嫁、その年の村一番の結婚式だと後で知った。実はこの結婚式は偶然に出会ったものだった。例によってギャッベの撮影場所を探して、カザルーンの町を抜け、車で走っているときだった。村の一角からラッパと太鼓が奏でる、カシュガイ音楽の独特な旋律が流れてきた。旋律が流れ出すほうに目をやると、そこだけ、あでやかな色彩が陽炎のように視界に入ってきた。「あっ、この音楽、この色彩!」、以前見た結婚式を思い出し、車で乗り込む。
個性豊かなカシュガイの民族衣装で着飾った女性たちが口々にケルザダンを叫び、色とりどりのスカーフが風になびく。ラッパと太鼓の音楽に合わせ、輪になって踊る女性たち。突然の見知らぬ闖入者に、場は固まり、険しい眼差しがいっせいに私たちに注がれた。同行している遊牧民のガイドが、「彼らは日本でギャッベを売っているカシュガイの仲間だ」と声高に説明する。するとどうだろう、人垣になった男たちの表情が、まるでトランプを一気に裏返したように、笑顔に輝いた。
片岡弘子は、人々が心を許した瞬間の、あのこぼれんばかりの笑顔を一生忘れないという。そして、自分の人生でこれほど大勢の若い男たちに囲まれたことはなかったと。


『大地の絨毯 GABBEH』
カシュガイ遊牧民・
草木染め手織り絨毯
フォトグラファー向村春樹氏が20年にわたり現地を取材したギャッベの世界を紀行文として執筆された待望の新刊です
- 全192ページ オールカラー
- サイズ:19.5 X 25.4 cm
- 発行元:ART G PUBLISHING
向村春樹著
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