カシュガイ族が目指すサラハットとは?

まだ6月だというのに草原にはイヌムギの白い穂が風に揺れていた。カシュガイ遊牧民は羊中心の生活。羊は暑さ、寒さに弱い家畜で、その羊に合わせて一年に2度、住む場所を替える。冬は温暖な低地(ジャラメシール)、夏は高冷地(サラハット)と住み分けて暮らしている。日常生活様式が変わるわけではないが、街に近いところで暮らすカシュガイの人たちと比べ、カシュガイ遊牧民の誇りと尊厳、自信が満ちているように私には感じられる。ここサラハットでは、緑の大草原の中で精神は解き放たれ、草原に羊を追い、手に入る食材でまかない、満天の星空の下で眠る。自生するハーブを摘んで干したり、栄養価の高い山羊のミルクから、酸味の強いうまいヨーグルトを作ったりする。チーズ作りも夏の仕事の一つだ。そして、羊毛を手紡ぎしてギャッベを織る豊かな生活が初秋、10月上旬まで続く。
ここでの生活で、カシュガイ遊牧民女性は確実に美しく変化していく。人は精神が豊かになると、立ち居振る舞いや容姿に自信となって表れるのだろう。カシュガイ女性が堂々と自信をもってカメラの前に立つ姿には、滅多に出会えるものではない。はにかんで、顔をうつむけるのが常だ。カシュガイ女性をこれほど美しいと感じたことは今までになかった。
カシュガイ女性の民族衣装では、薄手の衣を何枚も重ね着して身を飾る。サラハットの大地で、一人ひとりが個性豊かな衣装を風になびかせて緑の草原を歩む姿は、今まぶたを閉じても、はっきりと想い出すことができる。
輝くばかりのカシュガイの姿がそこにはあった。民族の誇りとアイデンティティーを取り戻したカシュガイ遊牧民の真の姿を、飽きることもなく見つめ続けた。
シラーズのキアニ元教授が「真のカシュガイに会いたければサラハットへ行け」と語った言葉は実証された。
撮影最終日の夕暮れ時、小さなギャッベを持って一人草原に出た。群青色の空が少しずつ茜色に染まり、やがて紫に移る。夕陽が力を失い、やがて闇が迫ってくる。 生き急ぐ国からやってきた私に与えられた至福の時間をかみしめた。

『大地の絨毯 GABBEH』
カシュガイ遊牧民・
草木染め手織り絨毯

フォトグラファー向村春樹氏が20年にわたり現地を取材したギャッベの世界を紀行文として執筆された待望の新刊です

  • 全192ページ オールカラー
  • サイズ:19.5 X 25.4 cm
  • 発行元:ART G PUBLISHING

向村春樹著

通常価格 ¥4,950

ギャラリー価格 4,000 

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