カシュガイ族が目指すサラハットとは?

2012年年3月。私たちは、シラーズの郊外に住むマノチェヌ・キアニ氏(当時66歳)の自宅を訪ねた。キアニ氏は社会学者。アルケジャン、ラレスタン、シラーズの各大学で教鞭をとり、アザード農業大学を最後に引退。カシュガイ遊牧民の元支配者階級カーンの出身だという。通された部屋には、カシュガイ遊牧民の古い時代の生活を描いた絵画から、古い農機具のようなものまで飾られ、まるで小さな博物館のようだ。
それまでの取材で、カシュガイ遊牧民のことを筋道立てて語ってくれる人はいなかった。私たちにとっては驚くことが多く好奇心にかられる生活スタイルや風習も、遊牧民側から見れば日常生活の範疇。それを知識として語ることなど、求められる機会もなかったのだから、当然のことだ。
キアニ氏は、彼がまだ幼いころの牧歌的な遊牧民の生活についていろいろ話をしてくれた後で、「ところで、あなたたちはサラハットに行ったことがあるのですか」と聞いてきた。
「本当のカシュガイ遊牧民の姿を見たければ、サラハットへ!」。私たちはこのとき初めて、カシュガイの人々が夏にテントを張る高冷地を「サラハット」と呼ぶことを知った。
それから1年後の2013年6月、夏のキャンプ地サラハットへの旅が実現した。
シラーズから国道65号線をイスファハーンに向けて北上、都市間を結ぶ幹線道路はよく整備されたハイウエイで、大型のトラックなど、多くの車が行き交う。途中休憩も入れて3時間ほど走った。地図を確認すると、シラーズとイスファハーンの中間地点あたりになる。ここで西へと左折し、未舗装の一本道を砂煙を派手に舞い上げながら進む。周囲には不毛の大地が果てしなく広がっている。イランで一番見慣れた風景だ。砂まみれになりながら、標高2300m前後の峠を幾つも越えたころ、眼下に大草原が突然に姿を表した。イヌムギの白い穂が風になびき、一瞬、海かと見間違えた。ここがカシュガイ遊牧民の「魂が還るべき緑の大草原」サラハットだ!
これほどドラマチックな大自然の展開には、滅多に出会えるものではない。感動して立ち尽くす。
まずは、春の大移動で知り合ったカシュガイ遊牧民ダルシェリ族アラールさん一家を探すことが先決。何しろ目標となるものがない大草原の中に轍の道が一本あるだけだ。この取材当時、カシュガイ遊牧民の間でもすでに携帯電話が普及しており、これが頼りだった。絨毯商と織り手との間に、仲介役を担う「コントローラー」と呼ばれる、同じ部族出身で目先の利く男たちがいる。最初の交渉などはコントローラーに任せると事がうまく運ぶ確率は高い。このエリアを担当するコントローラーと携帯でやり取りしながらナビゲーションしてもらい、やっと伝統の黒テントを探し当てた。
感激の再会。「日本から本当にまた来たんだな」。家長アラールさんが、力強く私の手を握りしめてきた。
太古から変わらぬ自然界の時の流れに身をゆだね、イヌムギの綿帽子を揺らす風のささやきに心を癒やされる至福の時間が待ち受けていた。

『大地の絨毯 GABBEH』
カシュガイ遊牧民・
草木染め手織り絨毯

フォトグラファー向村春樹氏が20年にわたり現地を取材したギャッベの世界を紀行文として執筆された待望の新刊です

  • 全192ページ オールカラー
  • サイズ:19.5 X 25.4 cm
  • 発行元:ART G PUBLISHING

向村春樹著

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