母から娘へと伝承する ギャッベ織り

カシュガイ女性の伝統的ギャッベ織りの技が2010年にユネスコ無形文化遺産に登録された。母から娘へと伝統的に受け継がれてきた織りの技術、この技術がすたれていく危機があるからこその認定だと感じる。カシュガイ女性たちに、持っているギャッベで一番のお気に入りを撮影させてほしいと頼むと、必ず持ち出してくる部族絨毯がある。それは、赤が基調の何百年も昔からある「カシュガイ絨毯」だ。赤は彼女たちにとって、勇気の色、生命の象徴の色である。
細かな文様で重厚な織りの「カシュガイ絨毯」は、自分の部族の誇りであり、絨毯織りのスキルの高さを証明するもの。誇らしげに見せるのには理由があるのだ。
商業的にこの「カシュガイ絨毯」が現在人気の高いシンプルなギャッベに比べて注目を浴びないのは、色彩やデザインの面で、現代都市生活では重厚過ぎるからだと思う。考えてみれば、この絨毯が使われているのはザクロスの大自然の中である。そこで存在感を示すには、これくらいの力強さがなければならない。
実は、遊牧民女性にとって染料のもとが何であろうと興味はない。色が美しく染まることのほうが大切だ。嫁入り道具として織る2枚の中には、化学染料で染めた羊毛を使った力強い色合いのカシュガイ絨毯が、1枚必ず入っているそうだ。
ギャッベはザクロスの原野に生まれたカシュガイ芸術であり、女性たちの道標だと感じる。彼らの持って生まれたフリーダムの精神と共に、カシュガイ女性に天から与えられた織りの才能は、私たちが共有できる宝物だ。
今の社会はあらゆる情報が満ちあふれた世界。人が生きていくうえでどれほどの情報が必要なのだろうか。カシュガイ遊牧民の生きる環境では自然が全てであり、それに逆らっては生き残ることはできない。情報量は少ないが、生きることに対して、私たちよりもよほどピュアだと感じる。
人は大人になり分別をわきまえるようになると、夢の橋を渡れなくなっていく。ところがカシュガイ女性は、空想の世界と現実を結ぶ夢の橋を渡れる人たちなのではないかと感じる。彼女たちが織るギャッベが心をとらえて離さない理由は、存外そこにあるのかもしれない。
子どもたちは母親の織るギャッベの機のそばで、カルキットの音を聞いて育つ。ギャッベを織るリズム、色を組み合わせるセンス、糸の結び方など、目と耳を通して、母から娘へと伝授され、引き継がれる。娘たちは、決して織りの技だけを母親から教わるのではない。家族の幸せを願う気持ち、誇り、自分の属する部族のアイデンティティーなど、ザクロスの原野で生きていくうえで必要な全てを、母から伝承されるのだ。
大自然相手の生活では家族で協力しなければ生き残れない。原野での農業生産性は低く、現金収入につながる羊毛の刈り取りは年に2回、食肉として出荷する山羊の数にも限りがある。そんな中で現金を稼げるギャッベ織りの才能は、神様が彼女たちに与えてくれた恵み。小さいときから、母親を真似て遊びながらギャッベに接し、18歳になるころには、都会の子が就職先を決めるように、自然な形で母親と同じようにギャッベを織る道を選択していく。


『大地の絨毯 GABBEH』
カシュガイ遊牧民・
草木染め手織り絨毯
フォトグラファー向村春樹氏が20年にわたり現地を取材したギャッベの世界を紀行文として執筆された待望の新刊です
- 全192ページ オールカラー
- サイズ:19.5 X 25.4 cm
- 発行元:ART G PUBLISHING
向村春樹著
通常価格 ¥4,950
ギャラリー価格 ¥4,000
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