神が宿るカンナカの海


村松 学

1967年

島根県松江市魚瀬町に生まれる

1990年

カガミクリスタル(株)入社、

吹きガラスを始める

1996年

舩木倭帆氏に師事

2005年

独立、

広島県福山市神辺町東中条苅山に築炉

2008年

国画会(国展)初出品・入選

2009年

国画会工芸部門新人賞受賞

2012年

国画会準会員

カンナカガラス工房

村松 学の原点を訪ねて

 

 広島県福山市神辺町にある工房を訪ねた。一年ぶりの再訪である。工房では気負いもなく淡々と坩堝からガラス種をすくい取り、吹き、ガラスコップを黙々と作り続けていく「ぶれない」村松の姿があった。村松は仕事の手を休めて、一年間作りためたガラス器を次から次へと出してきた。使い勝手が良さそうな器を手にした瞬間、「腕を上げたな」と感じた。なぜか人肌の温もりを感じるガラス器。この器に料理を盛りつける人の嬉しそうな顔が想像できる。

 同じデザインの器を、ただひたすら独りで作り続けるのには相当にタフな精神力が必要だ。その孤独な作業を繰り返し続けることによって、目には見えないものが見えてくる瞬間があるのではないか。

 村松の思考の原点を知りたいと思った。村松が話すカンナカとは何か。日本海の海中深く、誰も見た事のない豊かな瀬がある、そこをカンナカと言う。村松が生まれ育ったのは島根県松江市魚瀬町、静かで小さな漁村である。晴れた日には隠岐の島を望めると言う。村松は子どもの頃、祖母から魚瀬と隠岐の間に、人の手の届かぬ「カンナカ」と呼ぶ美しく神聖な瀬があり、海近くに暮らせば餓えること無く、生きていくに必要なものは全て海がもたらしてくれると聞かされて育った。豊かな漁場カンナカで、生きていく上で必要な分だけ漁をし、堅実な生活をおくる当時の漁村の風景が想像できる。足るを知る質素な生活が営まれていたことだろう。

 村松の精神の原点となった日本海を訪ねて見ようと思い立った。地図を見ると魚瀬は出雲と松江の中間にある。まずは出雲に向かう。早朝に出雲大社に参拝、人の姿も少ない。本殿に参拝を済ませ、より霊妙な気配を感じる本殿裏手に回ると、一陣の風が私を包み駆け抜けていった。「神がお渡りになった」。満ちた心で魚瀬に向かい島根半島の山道に入る。村松の育った頃に近づきたいと、道幅が狭く、カーブの多い旧道を走る。突然、目の前に日本海の海原が広がる。魚瀬は、人影も見えず静かにそこにあった。日本海の波は荒々しい。磯に打ち寄せる荒波が石を転がす、ドドーン、ゴロゴロゴロと腹に響く海鳴りがたえない。海が放つエネルギーの前に人知の及ばぬ神の力を感じる。この世界を村松は見て育ったのだ。海を間近で見ていると、独り黙々とカンナカガラス工房で仕事をしている村松に少しだけ近づいた気持ちがした。

(文・向村春樹)


1)ダルマ(成形炉)をのぞく村松。ポンテ竿の先にあるガラス器に集中する。 

2)1200℃、溶けたガラスは創作への意欲をかきたてる。  

3)坩堝の中から溶けたガラス種をすくい取る。 

4)吹き竿を絶え間なく転がし、水を含ませた新聞紙で形をととのえる。 

5)花瓶も鉢も、初めは宙吹きでガラスの球を作る。 

6)温度が下がれば、焼き戻しを重ねて形をととのえる。 

7)ほぼ完成。花瓶の口に透明ガラスを巻く、相方との呼吸が重要。



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