鍛鉄ランプ 手仕事の美 ステンドグラスの調和から生まれる軟らかな光

高橋 正治

1957年、京都府綾部市に生まれる。

地元の高校を卒業後、神奈川県にある金属造形の専門学校に進学。在学中に、鍛鉄造形の親方と敬愛する小峰貴芳氏と出会う。卒業後、小峰貴芳氏に師事し、10年近く修行して独立。現在、京丹波に工房を構え、創作活動に励む。

 

自分の性格にあった素材・鉄

大胆でおおらか

 

 人間は古くから鉄で道具を造り、生きてきた。ひと昔前なら、日本の各地に、包丁や農具、山林で使うなどの生活道具を打っていたが存在したが、今はそれもすたれて久しい。鍛冶屋仕事は実に地味な仕事である。

 高橋は1957年、京都府綾部市に生まれる。地元の高校を卒業後、神奈川県にある金属造形の専門学校に進んだ。ここで鍛鉄造形の「親方」と敬愛する小峰貴芳氏と出会ったことが、高橋のその後を決めることとなる。

 小峰氏は武蔵野美術大学を卒業すると、芸術性の高い鍛鉄造形が盛んなドイツのマインツに渡り、日本人で初めてのドイツ鍛鉄職人として修業を積み、帰国。手仕事職人を志す若者たちに、無限の創造性があるオリジナルな世界で仕事をする喜びを語った。

 親方の語りは、若き高橋に、鍛冶屋という地味な職人仕事に、「造形」という輝きを与えてくれるに充分だった。

 この親方のもとや他で10年近い修業を積み、独立。無我夢中で仕事をした。そして、鍛鉄仕事では手間をかけたからといって、よい物ができるとは限らないことも知った。精神を集中して、一気呵成に仕上げたとき、自分の意図をも超える仕事に出会えることも経験した。正に「鉄は熱いうちに打て!」 。これが、高橋の仕事の流儀である。

 高橋は「鉄はおおらかな素材」だという。大胆を好むが、融通性もある。自分の性格に合った素材、そう、思っている。


鉄を焼き、打ち、

無表情な鉄材に命を与える

人の暮らしの中で愛される形を目指す

 

 赤く燃えるコークスの火床に無表情な鉄素材を突っ込む。鉄が溶けるのは1400度前後、高橋の仕事温度は1200度ぐらい。鉄が柔らかくなればよいのだ。赤く焼けた鉄を引き出してはエアーハンマーでリズミカルに打ち、おおまかな形をととのえる。

 アンビルと呼ぶの上、手ハンマーで鉄に表情を刻み込んでいく。打つたびに黒皮(酸化皮膜)が飛び散り、味わいのある模様が現れてくる。

 曲げの作業では、に、手作りの工具を取りつけて赤く焼けた鉄をはさみ、力をかけて「グイーッ!」と思いどおりに曲げていく。簡単そうに見えるが、熟練の技の見せどころである。

 「焼いて打ち、ととのえて、また焼く、そして曲げる」。この単純な作業の繰り返しで、各部分を作り、最後に溶接で組み上げていく。

 大胆におおらかに、時に繊細に。

 高橋の仕事は、ランプから西欧の街並みに見られるような個性豊かな看板、別荘のオリジナルな門扉など、鉄素材全般。実に気持ちのよい現代の鍛冶屋である。



作品はこちら